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石ころコロコロ

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パナマ運河と高瀬通し

このあたりにパナマ運河よりも前に造られた
高瀬通しと呼ばれる運河の遺跡があるんだって・・・
高梁川河口付近、倉敷市船穂の土手の道を車で走っている時
助手席の歴史好きの友人が岡山県史跡めぐりのガイド本を見ながら
ふとつぶやきました。
こんな場所で「パナマ運河」という固有名詞が不思議です。
「パナマ運河」の新鮮な響きに誘われて、高瀬通しの遺跡のひとつ
「一ノ口水門」を訪ねてみました。
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案内板によると、パナマ運河より二百数十年前に造られたのだとか。
ここより300m下流には二ノ水門が設けられて閘門式運河となっています。
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江戸初期から大正初期まで、高瀬舟は高梁川や小田川から
この水門を潜って運河に入り、玉島港まで物資を運びました。
水門の幅の狭さから、高瀬舟の大きさが想像できます。
パナマ運河ほどのスケールはないけれど
昔の日本人の知恵と労苦に、頭が下がりました。
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一ノ口水門から下流の眺め。
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by ishikoro-b | 2013-09-13 00:46 | 秋の旅 | Comments(0)
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