カテゴリ:映画( 34 )

映画 鉄くず拾いの物語

スタイリッシュな映像や音楽、ドラマチックな展開や
気の利いた会話がなくても
深く心に余韻を残す映画があります。
ダニス・タノヴィッチ監督の新作「鉄くず拾いの物語」は
宝石の原石のような輝きを放つ作品でした。

ネタバレ注意!
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舞台はボスニア・ヘルツェゴビナの貧しい寒村。
そこに暮らすロマの家族に起きた出来事が
ドキュメンタリータッチで描かれます。
鉄くず拾いをしながら何とか生計を立てるナジフには
妻セナダとふたりの幼い娘がいました。
妻セナダは3人目を妊娠中で、一家は貧しいながらも
幸せな毎日を送っていました。

ある日、妻セナダを激しい腹痛が襲うのです。
それは流産で、すぐに手術をしないと
命の危険もあると診断されるのでした。
保険証がないため多額の医療費がかかると言われたナジフ。
何とか助けてほしいと懇願するも病院側はそれを
拒否するのでした。
貧しい者へ社会はいつも冷淡なのです。
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病院への途中、車窓から見えるのは巨大な発電所の煙突から
モクモクと立ち上る白煙・・・
繁栄の象徴と社会の底辺に取り残された人々の悲哀が
交差するシーンが印象に残ります。

なぜ神は、貧しいものばかり苦しめるのだ・・・
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家族を守るために奔走するナジフ。
死にものぐるいで鉄くずを拾い集めたり
ロマ族の救済団体に救いを求めたり
今できることをただ淡々と・・・
どんな社会の理不尽にもナジフは決して文句を
言ったり叫んだりしないのです。
しかし、決してあきらめない。
その姿に人間のたくましさ、美しさ、生きることの尊厳を
見たような気がしました。
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村の仲間は助けようにも皆同じように貧しくて
それでも彼らも出来ることを惜しまないのでした。
助け合わないと生きていけない・・・
奇跡なんか起らない・・・けれど
些細な言葉や援助がちゃんと人の心を繋いでいくのです。

やがて妻セナダは手術を受けて一命をとりとめるのでした。
最後、電気料金滞納で電気が止められた家に灯りがついて
テレビも映って子供たちも嬉しそう。
お金はないけれどナジフ一家にまた幸せな日常が
戻ってきたのでした。

ナジフのリアルな演技、その存在感・・・
凄い俳優さんだなあ、と思って見ていたのですが
それもそのはず、この物語はナジフ一家に起った実話。
この出来事の当事者が演じていると後で知って驚きました。
昨年のベルリン国際映画祭では見事三冠に輝き
ナジフは演技経験がないにも関わらず銀熊賞、主演男優賞を
受賞しました。
この賞をきっかけにナジフは保険証と定職を手に入れたのだとか。
こんな地味な映画に賞賛を惜しまないベルリン国際映画祭。
映画の未来が明るく思えた一瞬でした。

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監督・脚本 : ダニス・タノヴィッチ
原題 : 「EPIZODA U ZIVOTU BERACA ZELJEZA」
製作年/国 : 2013年 
      ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、仏、スロベニア
出演: セナダ・アリマノヴィッチ
    ナジフ・ムジチ
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by ishikoro-b | 2014-03-07 13:54 | 映画 | Comments(2)

映画 シャンドライの恋

お正月は映画大好き友人のおすすめの一本
ベルナルト・ベルトルッチ監督の1998年の作品
「シャンドライの恋」をDVDで観ました。
アフリカ人難民の女性を愛してしまったイギリス人ピアニストの
無償の愛の物語です。
巨匠ベルトルッチ監督といえば大作のイメージですが
この映画はベルトルッチ監督の小粋な小品といった感じ。
映像も音楽も素晴らしい、シンプルな構成の中に
ベルトルッチの精神世界と美学を堪能することができました。

ネタバレ注意!
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アフリカのある国でのこと。
シャンドライの夫、教師のウィンストンは民主運動をして
軍事政権に逮捕され刑務所に入れられてしまいました。
夫を残して、しかたなくローマに亡命したシャンドライは
イギリス人ピアニスト、キンスキーの屋敷で住み込みの家政婦を
しながら医学の勉強をしています。

アフリカのポップミュジックを聴きながらひたむきに家事をこなす
シャンドライの艶やかな褐色の肌、笑顔や仕草のキュートなこと。
アフリカの大地に咲く花のように美しくて魅力的です。

孤独で内気なイギリス人ピアニスト、キンスキーは
時折、子どもたちにピアノを教えることがあるものの
伯母から譲り受けた古い屋敷でほとんど外出することもなく
一日ピアノを弾いて暮らしていました。
そんな彼はいつしかシャンドライを愛するようになるのです。
彼の弾くピアノはシャンドライに思いを告げるものでしたが・・・

階下から聴こえるアフリカンミュージックと階上のクラシックピアノ。
交わることの難しい人種や文化、そして立場・・・
それらを見事に融合させていく映像と音楽。
ふたりがこころを通わせていく瀟洒な螺旋階段や
エレベーター式クローゼットの使い方など
心憎い演出が全編に散りばめてあります。
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そのクローゼットの中にあったキンスキーからの指輪のプレゼント。
彼女にとってキンスキーはあくまで屋敷のご主人。
「あなたがわからない、あなたの音楽も・・・」と
彼の行為に戸惑い、怒りをぶつけるシャンドライ。
不器用に唐突に彼女を抱きしめようとするキンスキー。
「愛している。君のためなら何だってする」と求婚を迫る彼に
シャンドライは「だったら、刑務所から夫を出して!」と返すのでした。

キンスキーはシャンドライの夫の存在に愕然とするものの
シャンドライの夫を救い出すことを決意。
屋敷の美術品の数々を釈放資金に替えていくのでした。
愛するということはその人を幸せにすること。
所有することではないのです。だから切ない!
キンスキーは生まれてはじめて人を愛する喜びを知ったのでした。

キンスキーの部屋から美術品や装飾品が次々消えていくにつれて
彼の作り出す音楽も変っていきます。
躍動的なアフリカっぽいリズムを取り入れた曲は
クラシックを拒否してきたシャンドライの心と体を揺さぶるのでした。
そんなある日、夫ウィンストンの無事の知らせが届いて
シャンドライはキンスキーの献身的な愛にやっと気付くのでした。
そして彼女もまたキンスキーを愛し始めるのです。

最も大切なピアノまで手放そうとするキンスキー。
教え子たちを招いて開いた最後のミニコンサートの小曲は
シャンドライに捧げる曲でした。
しかし、その最中シャンドライは夫から日曜の早朝に
ローマに着くという手紙を受け取るのです。
夫に会える喜びと、キンスキーへの愛で動揺するシャンドライ。

キンスキーを傷つけると分かっていながらも
夫を数日階下に泊めてもいいかと聞くシャンドライ。
キンスキーは一瞬ひるみながらも優しく受け入れるのでした。

クレーンで運び出されるグランドピアノに空のブルーが
写り込むシーンも見逃せません。
それと同じブルーのTシャツでキンスキーに感謝の手紙を
したためるシャンドライ。
「thank you thank you thank you・・・」が
やがて「I LOVE YOU」に変ります。

黒人神父と祝福の乾杯をするキンスキー。
この神父が陰で力を尽くしてくれていたのです。
なぜ人前でピアノを弾かないのかと尋ねる神父に
「それほどの才能がないからだ」と答えるキンスキー。
愛する人の心に届かなかった音楽は
他の人の心にも届かないと悟ったかのように
寂しげに酔いつぶれるキンスキーの姿が切ないです。

夫が戻る前の晩、シャンドライは「I LOVE YOU」の
手紙を持ってを酔いつぶれて眠るキンスキーの部屋へ行き
一夜を共にするのでした。
夜明けのローマの街に一台のタクシーがやって来ます。
玄関のベルが鳴って、ふたりを現実に引き戻すのでした。
そしてキンスキーの腕を振り払うようにシャンドライは
起き上がって・・・

最後はどうなるのか、判断は観るものにゆだねられます。
ピアノが無くなった家にはもうキンスキーの居場所はないはず。
最後の夜の温もりを胸に、愛する人にすべてを捧げて
悔いることなくキンスキーは屋敷を去るつもりなのでしょう。

「自分の命を守ろうとする者は結局はそれを失い
 命を失う者は結局は救われる」

キンスキーがアフリカのことを理解するために立ち寄った
アフリカ系教会の黒人神父の言葉が頭をよぎります。
これがこの映画のテーマなのでしょうね。

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監督 : ベルナルド・ベルトルッチ
脚本 : ベルナルド・ベルトルッチ クレア・ペプロー
原題 : Besieged
原作 : ジェームス・ラスタン
製作年/国 : 1998年 イタリア 
出演 : デヴィッド・シューリス/キンスキー
   タンディー・ニュートン/シャンドライ
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by ishikoro-b | 2014-01-11 23:00 | 映画 | Comments(0)

映画 イル・ポスティーノ

キラキラ光る夏の海がみたい・・・
外出は暑いので、我が家のDVD_BOXから
そんな海が舞台の映画を探しました。
1994年のイタリア映画「イル・ポスティーノ」です。
ネタバレ注意!
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舞台は第二次大戦直後のイタリア、ナポリの沖合いの小さな島。
漁師の息子マリオは、ひ弱でうだつの上がらない男でした。
父の仕事を継ぎたくないマリオがようやく見つけたのは
臨時の郵便配達の仕事。
と言っても、字の読める人はほとんどいない島。
唯一の配達先は、パブロ・ネルーダの家でした。

三大パブロ・・・学校でたしか習いました。
パブロ・ピカソ パブロ・カザルス パブロ・ネルーダ
画家、チェリスト、詩人、それぞれジャンルは違うけれど
共通しているのはみんなファシズムと闘った人。
パブロ・ネルーダを演じるのが、フィリップ・ノワレ。
「ニュー・シネマ・パラダイス」のアルフレード小父さんと
いうのが嬉しいです。

チリの外交官でもあり偉大な詩人パブロ・ネルーダは
共産主義思想のため祖国を追放されてイタリアに亡命。
妻と共にマリオの住むの小さな島に身を寄せることになります。
マリオはローマに到着したネルーダがインテリや女性ファンから
熱烈歓迎されているニュース映画を見て
ネルーダの絶大な人気を知るのでした。
そして世界中から届くパブロ宛のファンレターを
届けることに誇りを感じるようになるのでした。

字は読み書きできるものの、詩など生まれてこのかた
縁のなかった無学なマリオ。
彼は愛の詩人でもあるネルーダの詩集を買って
サインをもらい、女性にもてるための小道具に使おうと
最初は不純な動機でネルーダに近づくのでした。
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ある日、ネルーダの家で何か言いたげに佇むマリオは
覚えたてのネルーダの詩を浴びせかけます。
最初は素っ気ないネルーダでしたが、マリオが「隠喩」という
聞き慣れない言葉に興味を示したところから
詩を介して、ふたりの交流が始まるのでした。
ネルーダから「隠喩」という、世界を何かに例える言い方が
あることを教わったマリオ。
マリオは詩を書きたいと思い始め、ネルーダもまた
マリオの中に眠っている詩人としての感性を見抜くのでした。

「世界にあるすべてが何かの隠喩なのですか?」
世界を表現する言葉を知ったマリオはネルーダに
臆面もなく尋ねます。
鋭い質問にたじたじのノーベル文学賞候補作家が
「明日答える」とそそくさと逃げるところが笑えます。
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マリオは島一番の美女ベアトリーチェに心奪われていました。
ベアトリーチェも小さなゲーム用のサッカーボールの球を
悩ましく口に含んだりしてマリオを誘惑するのでした。
満月の夜の打ち寄せる波音を聴きながら
窓辺で詩作にふけるマリオ。
誘惑の白い小さな球を月にかざすシーンの
マリオはすっかり詩人の佇まいです。
ノートにベアトリーチェへの思いを綴ろうとしますが
書けたのはその球の形、丸だけでした。
しかし、その丸の完璧な美しさ・・・詩になっているのです。
シンプルな丸の中に世界の美しいものすべてが
込められて、観る者の心を満たすのでした。
白い球を「詩」の象徴として使う演出の心憎いこと・・・

なかなか詩が書けないマリオは、ネルーダの詩を無断で
ベアトリーチェに捧げます。
ロマンチックな言葉に魅了されたベアトリーチェ。
ふたりは恋に落ちるのでした。
「盗作を許した覚えはない」とネルーダはマリオを責めますが
マリオは言います。「詩は、それを必要とする人のものだ」と。
詩は読む人の心に届いて普遍のものとなるのです。
オドオドしながらも正論を述べるマリオの言葉こそ
芸術の本質をついていてネルーダはまた、感服するのでした。

ネルーダ夫妻の仲介でやがてふたりは結婚。
そのパーティーの席にチリから逮捕命令が解かれた知らせが・・・
ネルーダは祖国へ帰ることになるのでした。

手紙を書くと約束してくれたネルーダ。
しかし、なかなか手紙は届きませんでした。
やがて、マリオは気付くのです。
「いいものは全部先生が持って行ったと思っていたけれど
残してくれたものがあった」と。

マリオは、ネルーダが残したテープレコーダーを持ち出し、
島の美しいものを録音しネルーダに捧げようとするのでした。
このクライマックスシーンは何度観ても胸がいっぱいになります。

島に打ち寄せる波や風の音や教会の鐘
星空の静寂にまでマイクを向けるマリオ。
「父さんの悲しい網」というのもジーンときます。
そして最後はベアトリーチェのお腹に宿る我が子の心拍音・・・
言葉ではうまく表せなくても、これこそがマリオの詩。
美しい宇宙の秩序、自然の摂理、人の営み・・・
ありふれた世界に命が吹き込まれ、輝きを放っていきます。
言葉やテクニックを超えて、生きて感じる世界こそ「詩」なのだと
言っているかのように。

マリオはネルーダとの交流を通じてコミュニズムにも
目覚めていきます。
ネルーダによって、世界の見え方が変わったマリオ。
そのことが悲しい結末にも繋がっていくのですが・・・

ネルーダが再び島を訪れたときには、マリオはいませんでした。
浜辺でひとり、マリオを偲ぶネルーダの姿が切ないです。
輝く海も潮風も・・・マリオの「詩」そのものでした。

マリオ役を演じたマッシモ・トロイージは
この映画の完成直後に41歳の若さで亡くなったのだそうです。
アメリカで受ける予定の心臓移植手術を延期して
長年の夢だった本作の撮影に賭けたのだとか。
映画のラストと重なって、涙が溢れます。
マッシモ・トロイージが配達してくれた手紙が
映画という美しい詩になって観る者の心に届いたのでした。

地味だけど、この映画に出会えてよかった・・・
イル・ポスティーノ・・・素晴らしい映画です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
監督 : マイケル・ラドフォード
原題 : IL POSTINO
原作 : アントニオ・スカルメタ
製作年/国 : 1994年 イタリア・フランス 
出演 : マッシモ・トロイージ/マリオ
    フィリップ・ノワレ/パブロ・ネルーダ
    マリア・グラツィア・クチノッタ/ベアトリーチェ
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by ishikoro-b | 2013-08-13 00:10 | 映画 | Comments(2)

映画 道

1954年のイタリア映画、フェデリコ・フェリーニ監督作品
「道」をDVDで観ました。
哀愁帯びたニーノ・ロータの映画音楽を聴くだけで
観る者も「道」の同行者となります。

石ころだって何かの役に立っている。
無用なものなどない。星だって、君だってそうだ・・・

何度、このセリフに勇気づけられたことか。
心の小石をギュッと握りしめたくなる、不朽の名作です。

ネタばれ注意。
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海辺の貧しい村。
浜で棒切れを拾うジェルソミーナを、妹たちが呼びに来ます。
母ちゃんが呼んでる、大きなバイクが来ているよ
ローザが死んだんだって・・・
母の元へ走り出すジェルソミーナ。
そこには、姉のローザを連れて行った旅芸人
ザンパノが立っていました。
ジェルソミーナは、ローザの代りに、口減らしのために
ザンパノに売られていくのでした。

おれなら犬でも仕込めると豪語するザンパノ。
ザンパノは粗野で欲深く、暴力を奮うことでしか
自分を表現することができない不器用な男でした。
愛したことも愛されたこともない人生・・・
モノクロ画面から、彼の深い孤独が伝わってきます。

ジェルソミーナはムチで打たれながらも芸を覚え
ザンパノに健気に従うのでした。
幌付きバイクのふたりの生活に、ささやかながら幸せを
感じ始めたジェルソミーナ。
旅から旅の人生なのに、荒れ地にトマトの種を蒔くシーンが
たまらなく切ないです。

ザンパノの芸は、胸の筋肉で鉄の鎖を引きちぎるというもの。
稼いだお金は、女や酒に消えていきます。
ザンパノはジェルソミーナを平気で裏切るのでした。
ローザも同じように、傷つき死んでいったのでしょうか。
愛想をつかしたジェルソミーナは、家へ帰ると言い残して
出て行くのでした。

辿り着いた街はお祭りで盛り上がり
ちょうど綱渡りのサーカスが催されていました。
ショーを無事終えて、地上に降りた綱渡り芸人と
視線が合ったジェルソミーナは、乙女心をときめかせるのです。
そしてまた、夜の街にひとり取り残されたジェルソミーナ。
そこへザンパノのバイクの音が鳴り響くのでした。

ザンパノのバイクに無理矢理乗せられ
着いたところはサーカスの興行地。
どこからか聴こえて来るヴァイオリンの音色に引き寄せられた
ジェルソミーナは、そこでお祭りの夜の綱渡り芸人と
再会するのでした。
煙草を吸いながら綱渡り芸人が弾くヴァイオリン。
「ジェルソミーナのテーマ」が美しく心に沁み渡ります。

ザンパノと綱渡り芸人は、古くからの知り合いらしく
なぜか執拗に綱渡り芸人はザンパノをからかうのでした。
何も語られないけれど、ローザの死と関係あるような気もします。
逆上したザンパノは、ナイフを持って綱渡り芸人を追いかけ
結果、逮捕されてしまうのでした。

綱渡り芸人もサーカスの皆も、一緒に行こうと
ジェルソミーナを誘います。
私は何の役にも立たないと嘆くジェルソミーナに
綱渡り芸人は、昔、本で読んだ小石の話を語るのでした。
小石を宝物のように手に取り眺めるジェルソミーナ・・・
そういえば、綱渡り芸人のコスチュームには
天使の羽根が付いていました。
人生、だれかの一言で、救われたりすることがあります。
その言葉には見えないけれど
きっと天使の羽根が付いているのでしょう。

「僕と一緒にくるか?」綱渡り芸人の一言に
ジェルソミーナの心が揺れます。
ザンパノの出所の日、綱渡り芸人はジェルソミーナを乗せて
幌付きバイクを留置所の前まで、送り届けるのでした。
なんという、優しい計らい。やっぱり天使ですね。
ザンパノの心の底の悲しみを知っているジェルソミーナは
ザンパノを見捨てることはできませんでした。
綱渡り芸人も、そのことに気付いていました。
「ジェルソミーナのテーマ」を口ずさみながら
ちょっとカッコつけて「チャオ」と笑顔で去っていく
綱渡り芸人の姿もまた寂しげで、涙が溢れます。

ザンパノの出所を温かく迎えるジェルソミーナ。
ふたりの幌付きバイクの旅がまた始まりました。
ザンパノと結婚してもいいとさえ
思えるようになったジェルソミーナ。
けれど、雨を凌ぐために世話になった修道院で
ザンパノの人の道に外れた行為がまた
ジェルソミーナの心を深く傷つけるのでした。

そして後日
ザンパノは取り返しのつかない罪を犯してしまうのです。
偶然、通りかかった道で故障車を修理している綱渡り芸人に
出くわし、仕返しする機会を待っていたかのように
ザンパノは綱渡り芸人を殴り、誤って殺してしまうのでした。
亡骸も車も、事故を装うかのように川に捨て逃げて
何事もなかったように逃避行を続けるのです。

ジェルソミーナの心は壊れ、身体も次第に弱っていくのでした。
綱渡り芸人は「ザンパノに付いててやれ」と言ってくれた恩人。
その人を殺めて、罪を償うこともなく、気楽な人生を
貫こうとするザンパノを、ジェルソミーナは許せなかったのです。
小さな幸せさえ掴むことできないジェルソミーナの運命。
「またふたりでやろうな」と、何かと元気づける
ザンパノの優しい言葉が虚しく空回りするのでした。

正気を取り戻したかと思うと、また泣き出すジェルソミーナ。
ついに持て余したザンパノは、眠っているジェルソミーナを
置き去りにするのでした。
綱渡り芸人に教わった「ジェルソミーナのテーマ」を奏でた
ジェルソミーナ愛用のラッパと僅かなお金を残して・・・

この映画を何度か見返すと
最初の頃は気付かなかったことが見えてきます。
「いいところね」・・・
久しぶりに正気を取り戻したジェルソミーナが荷車から降り
雪が残る廃村の景色を眺めて呟く不思議な言葉です。
それは、きっと別れにふさわしい場所ということ。
身に付いたホコリを、軽くはらうような仕草は
身を清めているのでしょうか。
冷たい地面に布を敷いて静かに身を横たえ眠るジェルソミーナ。
ザンパノに置き去りにされたのではなく
ジェルソミーナがザンパノに別れを告げたシーンのようにも
見えました。

数年後、ザンパノは海辺のサーカスの興行地で聞き覚えのある
メロディを耳にします。
それは、あの「ジェルソミーナのテーマ」でした。
尋ねると、ラッパでこの曲を吹いていた若い娘が
寂しく死んだというのです。
ジェルソミーナの天使のような優しさに
やっと気付いたザンパノ。
ザンパノもジェルソミーナを愛していたのです。
生まれて初めて知る、愛する人を失った悲しみと孤独。
酒場で荒れ狂ったザンパノが、夜の海辺で天を仰ぎ泣き崩れる
最後のシーンは、あまりに辛く悲しく言葉もありません。
ローザも綱渡り芸人も、そして愛するジェルソミーナも
みんな海の底へ消えてしまいました。

波が悲しみを鎮めるかのように、寄せては引いてゆきます。
海辺に始まり、海辺で終わる名もない石ころたちの物語。
存在してるってことが、何かの役に立っている・・・
人は愚かで悲しい生き物です。
だから人恋しくなるのですね。

あなたの心に石ころがコロコロ転がっていきますように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
監督 : フェデリコ・フェリーニ
脚本 : フェデリコ・フェリーニ トゥリオ・ピネッリ 
    エンニオ・フライアーノ
原題 : LA STRADA
製作年/国 : 1954年 イタリア 
出演: ジュリエッタ・マシーナ/ジェルソミーナ
    アンソニー・クイーン/ザンパノ
    リチャード・ペースハート/綱渡り芸人
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by ishikoro-b | 2013-05-17 13:48 | 映画 | Comments(4)

映画 ヤコブへの手紙

フィンランド映画「ヤコブへの手紙」をDVDで鑑賞しました。
湖のほとり、白樺林に囲まれた牧師館を舞台に繰り広げられる
一遍の詩のような美しい物語。魂が浄化される・・・
そんな言葉がふさわしい珠玉の作品でした。

ネタばれ注意!
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殺人罪で終身刑のレイラが恩赦により
釈放されるところから映画は始まります。
12年の服役中、休暇の申請はおろか
たったひとりの姉との面会も頑に拒んできたレイラ。
何も信じない、誰も頼らない・・・
終身刑を全うしようと心を閉ざした頑な決意が
彼女の顔の表情さえ奪っていました。

釈放されても行く宛ないレイラに、刑務官は手紙を取り出し
片田舎の教会のヤコブ牧師が身の回りの世話をする人を
探していると勧めるのでした。
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バスが停まりひとり下り立つレイラ。
古い粗末な牧師館で待っていたのは盲目の老牧師ヤコブでした。
よく来てくれましたね、と握手を求めるヤコブ。
神の存在を否定するかのようにレイラはそれを拒むのです。

白樺の並木道を郵便配達員が自転車でやってきます。
悩める人達からの手紙がヤコブ牧師に届くのでした。
レイラの仕事は、盲目のヤコブに手紙を読んで
ヤコブの祈りの言葉を代筆すること。
ヤコブのベッドの下には悲しみがいっぱい詰まった手紙が
山のように積み上げられていました。
人は誰しも神が自分を見ていてくれると思いたいもの
それを実感したいのです、とヤコブは言うのです。
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しかし、自分の仕事に意味を見いだせず、退屈極まりないレイラは
届けられた手紙の半分を汚水槽に捨てたりするのでした。

ある夜、牧師館に忍び込んだ男をレイラが取り押さえると
それは郵便配達員でした。
彼は牧師が殺されていないか確かめに来たと言うのです。
彼は善人だ、早く刑務所へ戻れと叫んで
逃げるように去って行くのでした。

それからというもの、郵便配達員の姿は見えるけれど
レイラの姿を見つけると道を逸らして消えてしまうのでした。
そして、とうとう手紙が届かなくなってしまうのです。
手紙は本当に来なくなったのか。
郵便配達員がヤコブを失望させないために
夜中にヤコブのベッドの下から手紙を盗んで配達していたが
レイラに見つかって配達出来なくなったからか。
そのあたりは最後まで謎なのですが・・・

それでも手紙を待ち続けるヤコブに
それが何だっていうの?と突き放すレイラ。

ヤコブの失意は見ている者も胸が張り裂けそうになります。
届く手紙で、救われていたのはヤコブの方だったのです。
彼もまた悲しい試練と深い孤独を抱えて生きていたのでした。
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婚礼があると(幻覚)出掛けた教会には新郎新婦も誰も
いませんでした。ヤコブに付き添って行ったレイラは
ヤコブを教会へ置き去りにするのです。
ひとり残されたヤコブは死を決意
聖水で薬を飲み教会の床に身を横たえるのでした。

レイラは牧師館を出て行こうと荷物をまとめタクシーを呼びます。
レイラが最後にベッドを整えるさり気ないシーンが好きです。
彼女の本当の姿を垣間見せる監督の細やかな演出が冴えています。
どちらへ?・・・タクシーの後座席で言葉を失うレイラ。
タクシーのワイパー越しに映し出される
行く宛のないレイラの表情が心を揺さぶるのでした。
そして牧師館に残りレイラもまた死を決意した、その時・・・
まだこの家にいてくれたのか、とヤコブが帰って来るのでした。

人は誰かに必要とされているからこそ
生きる意味を見いだせるのです。
世の中から必要とされないヤコブとレイラに
光のようにやさしく降り注ぐショパンのノクターンと
ベートーベンのメヌエットが美しい。
ふたりだけのお茶のシーンも大切な儀式のようです。

レイラは少しづつ、変わり始めるのでした。
排水溝に捨てた手紙を拾おうとします。
郵便配達員に手紙がなくても家に来て声をかけてと頼むのです。
しかし手紙は届くことはありませんでした。

ヤコブのためにレイラのとった最後の手段は・・・
手紙の封をやぶるように雑誌のページをやぶり
ヤコブのために、自分の封印してきた過去を
語り始めるのでした。
親愛なるヤコブ牧師さま・・・と。

私は許されますか?と聞くレイラに
ヤコブ牧師は束ねられた手紙を渡すのでした。
それはレイラの姉からのものでした。
自分のことを心から心配してくれている人がいる・・・
レイラの頑な心が解き放たれ、涙が溢れるのでした。

紅茶を入れてこよう、と立ち上がりよろけるヤコブに
思わず手を差し出すレイラ。
人のぬくもりをふたりが初めて感じ合うシーンに
熱いものが込み上げてきました。

フィンランドの森を満たす透明な空気に包まれて
私の人生もまた肯定されたかのような深い感動がありました。
誰かを必要とし、必要とされることの素晴らしさ。
誰の役にも立たない人なんていないはずです。
主要な登場人物はわずか3人。75分という短い時間に
宗教を超えた人間の普遍のテーマが
静かに気高く描かれた素晴らしい映画でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
監督・脚本 : クラウス・ハロ
原題 : Postia Pappi Jaakobille
原案 : ヤーナ・マッコネン
製作年/国 : 2009年 フィンランド 
出演: カーリナ・ハザード/レイラ
    ヘイッキ・ノウシアイネン/ヤコブ
    ユッカ・ケイノネン/郵便配達員
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by ishikoro-b | 2013-03-15 21:54 | 映画 | Comments(0)

映画 ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日

イギリスの文学賞ブッカー賞を受賞した、ヤン・マーテルの
ベストセラー小説「パイの物語」の映画化です。
3D映像で鑑賞しました。

ネタばれ注意!

まずは、動物園の動物たちを背景に現れる
オープニング・クレジットの活字書体の美しさにウットリ。
よく見るとアルファベットの一部が
風でふわ〜っと揺らいだりしているのです。
そんな細部にこだわった演出・・・いい映画に違いありません。
「ブロークバック・マウンテン」のアン・リー監督ですもの。
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カナダ人の若い作家は新作小説のネタを探して
インドを旅していました。
偶然知り合ったママジという老人は
「あんたが神を信じたくなるような話を知っているよ」と
今はカナダで暮らすインド人の中年男性、パイ・パテルを
紹介するのでした。
ママジはパイ・パテルの叔父さんだったのです。

カナダへ帰って、パイ・パテルを訪ねた作家は
パイの少年時代の驚愕の体験を聞く事になるのでした。
パイは「パイ」という不思議な名前の由来から
語り始めるのです。

パイの本名はピシン。
ママジ叔父さんが、大好きなパリのプールから名付けました。
しかしインドでは単語に「尿」という意味が含まれていて
学校でイジメを受けることになるのです。
そこで彼は名前を「パイ」に改名。
名前の由来が円周率のπであることを知らしめるため
黒板に円周率の数字を延々と書き綴っては
周囲を驚かせるのでした。

幼い頃のエピソードに、宇宙や生命の神秘を感じさせる
数学的で、宗教的で、哲学的な伏線が散りばめられていて
それがやがて、パイの世界感に繋がっていくのです。

インドで動物園を経営していたパテル一家は
市から援助を打ち切られたことで経営状態が悪化。
家族でカナダへの移住を決意するのです。
16歳のパイは、両親と兄、そして動物たちと共に
日本の貨物船でインドを後にするのでした。

ところがある夜、貨物船はマリアナ海溝で嵐に見舞われ沈没。
家族を救う間もなく、パイだけが救命ボートに逃れることができ
一命を取り留めるのでした。
その小さなボート「パイの箱船」には、怪我をしたシマウマ
子供を失ったオランウータン、お腹をすかせたハイエナ
ベンガルトラの「リチャード・パーカー」も
乗り合わせることになるのです。
そして「パイの箱船」で繰り広げられる弱肉強食のルール。

生き残った、パイとトラの「リチャード・パーカー」の
227日間に及ぶ過酷なサバイバル生活が始まるのでした。
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救命ボートに備えてあった非常食と水でパイは飢えを凌ぎます。
そして遭難した時のためのマニュアル本もあって
パイは簡易筏を作ったり、生きるために必要なことを
前向きにこなしていくのでした。
一番大事なことは、獰猛なトラ「リチャード・パーカー」のこと。
逃げ場のない状況で、トラと共存するしか選択肢はないのです。
トラに占領されたボートに簡易筏を結び付けて、パイは避難。
距離を保ちながら、果てしない海を彷徨うのでした。

トラの餌食とならないためには、トラを飢えさせないこと。
網に架かった魚の頭を何度も叩いて、殺生するパイ。
泣き叫びながら、神様に謝り、感謝するのでした。
生きることは他のいのちを奪うこと。
シンプルな行為が、深く胸に突き刺さりました。
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嵐が去った静かな海は、奇跡のような美しさに満ちていました。
空を映す鏡のような海面、満月と満天の星々
怪しく光る発光クラゲ、夜光虫の幻想的な光
ダイナミックなクジラのジャンプ
トビウオやイルカの大群・・・
3D映像ならではの迫力と圧倒的な映像美が自然の神秘を
再現し、海を超えて宇宙空間を漂っているかのようでした。

遭難を知らせるメモ書きを入れた缶が
海に投げられた瞬間、広がっていく円の波紋・・・
円周率は無限に続く数字。
尊い命もまた無限に続くことを示唆しているような
息を呑むほど美しいシーンに感動しました。
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私はふと空海の修行ことを思いだしました。
室戸の洞窟から見えたものは空と海。
悟りを得た時、真言を唱える口の中に
明星が飛び込んだといいます。
究極の体験をしたものだけが遭遇できる大自然の神秘。
観る者もパイと一緒になって、神様の祝福を受け
生きている歓びを実感するのでした。

餌付けしながら次第に「リチャード・パーカー」との
距離を縮めていくパイ。
しかし、トラはあくまで猛獣。友だちではありません。
それは子供の頃、父から厳しく教えられた事。
いつ襲ってくるかもわからない緊張感が、映画を引き締めます。
そして終盤、棲む世界の違うもの同士の潔い別れ方も
好感がもてるのです。
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パイの逞しい精神力と生きる勇気・・・
なにより「リチャード・パーカー」がいたから
パイは生き延びることができました。

事故原因を調べに来た日本人は、パイの話を疑います。
そこで語られるアナザーストーリー。
「君はどっちが好きだい?」とライターに聞くパイ。
「トラの方が好きです」と作家。
そして小説「パイの物語」が生まれるのでした。

家族を失った悲しみ浸る間もなく始まった怒濤の漂流生活。
最後にパイは作家に言います。
人生は切ない。
残念だったのは、最後のお別れできなかった事だと・・・
パイの頬を濡らす涙が印象的でした。

それにしても、最先端のデジタル技術で作り出された
ベンガルトラが凄い。超リアルです。
本年度アカデミー賞主要11部門ノミネート作品。
これから鑑賞しようと思われている方は、是非3Dで。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
監督 : アン・リー
原題 : Life of Pi
原作 : ヤン・マーテル
製作年/国 : 2012年 アメリカ  
出演: スラージ・シャルマ/パイ・パテル(少年)
    イルファン・カーン/パイ・パテル(成人)
    レイフ・スポール/カナダ人作家
    ジェラール・ドパルデュー/コック
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by ishikoro-b | 2013-01-30 01:46 | 映画 | Comments(2)

映画 マイライフ・アズ・ア・ドッグ

この作品を最初、観たのは25年も前のこと。
この映画を好きな人とは、友だちになれると思ったものでした。
ずっと心の片隅にあって、今もとても大切にしている映画です。
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舞台は1958年、スウェーデンの小さな海辺の町と山間の村。
12歳の少年イングマルは、人工衛生のような小さな
あずま屋の窓から、ひとり夜空を見上げ
その年の悲しい出来事を思い出しながら呟くのでした。

「よく考えれば僕は運がよかった。
人工衛星スプートニクに積まれて宇宙で死んだライカ犬のこと。
食べ物がなくなるまで、地球を5ヶ月回って餓死した・・・
僕はそれよりマシだった」
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イングマルは好きなのは、ママと犬のシッカン。
でもママは結核を煩っていて、子供たちを構うことが
できませんでした。
パパは南洋の海に行ったまま帰ってこない。
兄のエリクはイングマルを虐めてばかりいる。
イングマルは、小さな不幸をたくさん抱えていたのでした。

浜辺で戯けてママを笑わせているイングマル・・・
イングマルはママが元気だったころの情景を
何度も思い浮かべるのです。
ママに喜こんでもらいたい、笑わせたい・・・
ただそれだけなのに
イングマルのすることは、ことごとく裏目に出て
ママをますます怒らせ、困らせ
ママの病気も悪化していくのでした。
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そしてまた、ライカ犬のこと思い、胸を痛めるイングマル。
十分は食べ物も積まず犬を宇宙に送るなんて
人類の進歩のために、望んだわけでもないのに・・・
それより僕は幸せだと、自分に言い聞かせる小さな心が
たまらなく愛おしくなります。

ママの気が休まらないと、よくならないと
夏の間だけ、兄エリクは祖母のところへ。
イングマルは、ママの弟のグンネル叔父さんの
ところで暮らすことになるのでした。
シッカンは「犬の病院」が、預かってくれると。
その意味のわからないイングマル。
また会えると信じているイングマルに、涙が溢れます。

駅に出迎えてくれた、やさしいグンネル叔父さん夫妻。
ふたりに挟まれて車に乗るイングマル。
「少し暖かくなったわ、あなたが太陽を持ってきたのよ」
叔母さんの言葉がイングマルの心を溶かします。
着いたところは、大きなガラス工場のある小さな村。
温かい村人たちと、のどかな日々が待っていました。
個性溢れるユニークな村人たちの巻き起こすオカシな騒動。
ばかばかしくもあるけれど
人間っていいな、この村いいなと、思わせてくれるのでした。
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村の子供たちの中でもヒーロー的存在のサガは
イングマルの心に爽やかな印象を残すのでした。
サッカーもボクシングも強い少年のような美少女サガ。
ずっと女の子であることを隠していたのですが
胸が膨らみ始めたことをイングマルに告げるのです。
ちょっぴり大人になったイングマル。
ふたりの関係の初々しいこと。
友だちや温かい村人たちに囲まれて過ごす楽しい時間・・・
やはり気になるのはママとシッカンのことでした。
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秋になり久しぶりに町に戻ったエリクとイングマル。
犬の病院に預けられたままのシッカン。
ママは少し元気そうでしたが、病状は更に悪化。
入院してしまうのでした。
病室にひとりずつ呼ばれて、ママと最後の言葉を交わすひととき。
着ていたジャンバーを誉められて
嬉しそうなイングマルの頬に涙が・・・
イングマルはママに「クリスマスプレゼントは何がいい?」
イングマルのあどけなさが、また涙を誘うのでした。
「プレゼント代を協力して」というイングマルに
兄のエリクは言います。
「わからないのか?ママは死ぬんだ!」
ママのためにトースターを買いに行く、イングマルの姿が
なんとも切ないのです。
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ママが死んで、イングマルはまたグンネル叔父さんの家へ。
「シッカンを飼いたい」というイングマル。
言葉をにごすグンネル叔父さん。
しかし、サガはストレートに「あの犬は死んだ」と言うのです。
ショックを受けたイングマルは、叔父さんと建てた
庭のあずま屋に、立てこもるのでした。
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「ごめんよ。どうにも言えなかった」と真実を話す叔父さん。
大事なママとシッカンを失った悲しみ。
今まで、決して泣かなかったイングマル・・・
緊張の糸が切れたみたいに、激しく泣きじゃくるのでした。

大人も辛いけれど、子どもだって辛い。
ラッセ・ハルストレム監督は、どうしようもない重い現実を
子どもにも容赦なく突き付けるのでした。
「ギルバート・グレイプ」もそう。
それでも生きていかなければならない人生の悲しさ。
その中から、生きる強さや希望、そして、人生の歓びもまた
生まれて来るのだと教えてくれるのでした。

北欧の厳しい冬にも、やがて春が来て
またオカシな村人がオカシなことを仕出かして
みんなで心配したり、笑ったり。
ちょっぴりたくましくなったイングマルも
サガと一緒にその輪の中にいて・・・
イングマルはもう、ライカ犬と自分を比べたりは
しないでしょう。

それにしても
人類の進歩のために犠牲となった
動物たちのことを思うと本当に心が痛みますね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
監督 : ラッセ・ハルストレム
原題 : Mitt Liv Som Hund
製作年/国 : 1985年 スウェーデン  
出演:イングマル (アントン・グランセリウス)
    サガ (メリンダ・キンナマン)
    ママ (アンキ・リデン)
    グンネル (トーマス・フォン・ブレムセン)
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by ishikoro-b | 2012-11-13 23:44 | 映画 | Comments(0)

映画 ミッドナイト・イン・パリ

ウッディ・アレン監督の「ミッドナイト・イン・パリ」を
観ました。
真夜中のパリに魔法をかけたウッディ・アレン。
オシャレで知的、彼らしいユーモアに満ちた
大人のための至福のロマンチック・コメディーでした。
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エッフエル塔、セーヌ川、モンマルトル、凱旋門、ルーブル・・・
冒頭、憧れのパリの風景が心地よい音楽とともに写し出されて
それだけでも、舞台装置は完璧と思わせてくれます。

ハリウッドの売れっ子脚本家、ギルは
婚約者イネズと一緒に、パリにやってきます。
ギルは、いつか憧れのパリに移り住んで
小説を書くことを夢見ていましたが
イネズは現実的で、ギルの夢に無関心でした。
ふたりの関係は少しずつ、すれ違っていくのです。
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ある日レストランで、イネズの大学時代の男友達、ポールと
ばったり出会います。ポールは知識人。
ギルは何かにつけて蘊蓄を語るポールにうんざりでした。
夜、踊りに行こうと誘うポールに、イネズは賛成しますが
ギルは断って、ひとりパリの裏町を彷徨うのでした。

道に迷い、フランス語も話せなくて途方にくれるギル。
その時、時計台の午前0時の鐘が鳴り響くのです。
そして現れたクラシカルな黄色いプジョー。
誘われるがままに乗込んだ車の向かった先は
パーティーで盛り上がる古めかしい社交クラブでした。

ピアノの弾き語りはコール・ポーター。
ギルに挨拶するのはスコット&ゼルダのフィッツジェラルド夫妻。
パーティーの主催者はジャン・コクトーで
ここは彼の家だと聞いて、ギルは自分の目を疑います。
ギルは1920年代、ゴールデン・エイジのパリに
いつの間にか迷い込んでいたのでした。

パーティーを抜け出し、フィッツジェラルド夫妻が
ギルを案内した店には、ギルが憧れてやまない
ヘミングウェイが座っていました。
自分の書いた小説を読んでほしいと頼むギル。
ヘミングウェイは、知り合いのガートルード・スタインを
紹介しようと言うのでした。
慌ててホテルへ原稿を取りに帰るギル。
しかし店のあった場所に戻ると
そこはコインランドリーに変っていました。

2010年のパリと1920年代のパリを行き来するギル。
翌日、信じてくれないイネズと一緒にプジョーを待つのですが
車はなかなか現れず、イネズは先にホテルへ帰ってしまいます。
するとそこへ、黄色いプジョー。
ヘミングウェイがギルを迎えに来たのでした。
ガートルード・スタインのサロンにはピカソがいました。
同席していたピカソの愛人、アドリアナの美しさに
ギルは惹かれてしまうのです。

次の夜もまた、ギルは出掛けて行くのでした。
そしてアドリアナの紹介で、サルバドール・ダリや
マン・レイなど様々な芸術家と出会うのでした。
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アドリアナとギルは恋に落ちました。
ふたりはアドリアナが憧れる1890年代、ベル・エポックの
時代にタイムトラベルするのです。
そこにはロートレックやゴーギャン、ドガがいて
旧き良きルネサンスを語っていました。

そして、ギルは気付くのです。
それぞれの時代に、それぞれが憧れる黄金時代があるとするなら
生きている今こそを、自分の黄金時代にするのだと。

ギルとイネズは、ギルとアドリアナの仲はどうなるのでしょう。
最後の雨降る橋の上のシーンは、甘酸っぱいデザートを
食べた後みたいに、とても幸せな気持ちになりました。

パリに集った作家や芸術家が次々登場するたびにニンマリ。
贅沢な気分を味わうことができました。
そして、俳優たちのそっくりさんぶりが楽しい。
写真で見た顔と雰囲気もよく似ていて、本当に凄いのです。
エイドリアン・ブロディの演じたサルバドール・ダリなど
お〜と唸るほどのインパクトありました。
私に、当時の芸術家や作家に対する造詣が深ければ
もっともっと笑えたり、楽しめた作品なのでしょうね。

自分の人生も黄金時代のようにと(無理ですけど)
思わせてくれた、愛すべき映画でした。

夜道を歩いていて、傍に車が止まっても
決して乗ったりしないでくださいね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
監督: ウッディ・アレン
脚本: ウッディ・アレン
製作年/国: 2011年 スペイン/アメリカ  
原題: Midnight in Paris
出演: オーウェン・ウィルソン
   キャシー・ベイツ
   マリオン・コティヤール
   レイチェル・マクアダムス
   カーラ・ブルーニ
   エイドリアン・ブロディ
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by ishikoro-b | 2012-10-17 01:36 | 映画 | Comments(4)

映画 潜水服は蝶の夢を見る

BSプレミアムで、先日放送された映画
「潜水服は蝶の夢を見る」を観ました。
公開時に映画館で観て、強く印象に残った映画でした。
タイトルもいいですね。
自伝小説の映画化というのが凄いです。
オープニングの水墨画を思わせるレントゲンフィルムの
使い方からして、抜群の映像センスに心奪われたのでした。
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主人公の名はジャン=ドミニク・ボビー、42才。
ファッション誌「ELLE」の編集長。
妻と3人の子供がいて、愛人もいて、仕事も充実。
華やかな世界で自由気ままに
人生を謳歌していたジャン・ドーでしたが
ある日、目覚めたのは病院のベッドでした。

ぼやけた世界、目の前を行き来し覗き込む白衣の人。
ジャン・ドーは自分が脳卒中で倒れ
3週間も昏睡状態だったことを告げられるのです。
医師の話しかける言葉は聴こえるけれど
自分の言葉は声にならない。
全身の運動機能を失って、残されたのは聴覚と視覚。
もちろん思考能力も知性も感性もありますが
意思表示できるのは、唯一動かせる左の目だけでした。

カメラをジャン・ドーの左目に据えた演出も冴えています。
涙でレンズが曇ったりするのです。
斜めに揺らぐアングルなど、彼の置かれている境遇を
疑似体験しているかのようでした。
現在のシーンも然ることながら
思い出のシーンや想像の世界のシーンの美しさといったら・・・
病室のグリーンの壁、ブルーのシーツ。バラの花。
窓から差し込む光、風に揺れるカーテン。
海が見える病院のテラス。
病院の廊下が宮殿のように変わり、ニジンスキーが
高く軽やかに跳躍するシーンなど
本当にすべてが美しく官能的でさえあります。
ジャン・ドーの素晴らしい想像力を映像の中に昇華させた
シュナーベルの美意識とカミンスキーのカメラワークに
ただただ、酔いしれるのでした。

そしてジャン・ドーの回りの女性のみんな美人なこと。
彼は幸せものです。
ジャン・ドーは美人の言語療法士の協力によって
目の瞬きによって意思を伝える方法を会得するのでした。
それは、何度もアルファベットが読み上げられ
その文字のたびに瞬きを繰り返すというもの。
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ジャン・ドーの最初の言葉は「死にたい」でした。

自分の体は、重い潜水服を着て海の底に沈むようなもの。
闇に響く鼓動と呼吸音が、より不安を募らせるのでした。
バッハのアリオーソと共に氷河が崩れる映像も象徴的です。
「自分の本質を悟るのに、こんな不幸が必要なのか」

左目の他にマヒしていないもの・・・それは想像力と記憶。
蛾が蝶に羽化して花野を舞う映像が心を揺さぶります。
ジャン・ドーは想像力と記憶で、重い潜水服を脱ぎ捨て
蝶のように自由に羽ばたくことを夢見るのでした。
「何でも想像できる、時空も超えられる。これが僕だ」

ジャン・ドーは左目の瞬きのみで、自伝を書くことを決意。
それは編集者の献身的な協力とともに
気の遠くなるような根気のいる作業でした。
最後の力を振り絞るジャン・ドー。
何と、20万回の瞬きで自伝小説を書き上げるのでした。

崩れ去った氷河がエンディングで巻き戻される映像も
再生を示唆しているかのようで圧巻。
映画ならではの芸術性を感じました。

最後まで諦めることなく、自分自身を懸命に生ききることで
「人間であること」の尊厳を貫き通したジャン・ドー。 
極限の境遇にあっても、希望の光を放つことができるのだと
教えてくれた、素晴らしい映画でした。

デカルトの「我思う、故に我あり」とはこのことですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
監督: ジュリアン・シュナーベル
撮影: ヤヌス・カミンスキー
製作年/国: 2007年 フランス/アメリカ  
原題: LE SCAPHANDRE ET LE PAPILLON 
出演:マチュー・アマルリック
   エマニュエル・セニエ
   マリ=ジョゼ・クローズ
   アンヌ・コンシニ
   マックス・フォン・シドー
   マリナ・ハンズ
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by ishikoro-b | 2012-10-05 00:26 | 映画 | Comments(0)

映画 かぞくのくに

2012年の日本映画「かぞくのくに」映画館で鑑賞しました。

兄が住むあの国
私が住んでいるこの国
近いのに遠いふたつのくに・・・
ニュースでは伝わらない悲しい物語がありました。
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物語は・・・1997年、夏。
日本語学校で講師をしている在日コリア2世のリエ(安藤サクラ)
は、両親と共に、兄ソンホ(井浦新)との再会を
心待ちにしていました。
北朝鮮の帰国事業で別れたままの兄が、病気治療のために
25年ぶりに3ヵ月間の期限付きで日本へ帰って来るのです。

「帰国事業」という言葉をこの映画で初めて知りました。
1959年から20数年間に渡って続いた北朝鮮への集団移住のことで
当時、北朝鮮を「地上の楽園」としたマスコミ報道を信じて、
日本社会での差別や貧困に苦しんでいた多くの在日コリアンたちが
北朝鮮に希望を託して渡ったのだそうです。

監督は在日コリアン2世のヤン・ヨンヒ。
内容のほとんどは、ヤン監督の実体験だといいます。
妹のリエはヤン監督の分身。
リエを中心に、離ればなれになった在日コリアン家族の
悲哀が静かに描かれます。

25年ぶりの再会を喜ぶ家族。
しかし兄ソンホには北朝鮮からの監視人も同行していて
ソンホの口は重く、多くを語ろうとしませんでした。
そしてソンホを移住させたことに後悔を抱く両親。
久しぶりの家族団らんは、明るくもぎこちない空気に
包まれていました。

監視されながらも、かつての同級生たちと会ったり
リエと街を歩いたりして束の間の自由の時を過ごすソンホ。
スーツケースを売る店に入ってソンホはリエに言います。
「おまえ、そういうの持っていろんな国へ行けよ」
ソンホの言葉がズシリと心に重いです。

そんな中、ソンホは検査の結果、脳腫瘍と診断され、
3ヶ月では治療できないと告げらます。
家族は、滞在期間延長を申請しようとしますが
突如、思いがけない知らせが家族に届けられるのでした。
「明日帰国せよ」
理由なんかもちろん告げられない。命令に従うだけ。
ソンホは7日間の滞在しか許されませんでした。

「あの国ではな どう生き延びるか それ以外は考えない 
 思考停止 楽だぞ でもお前は いろんなことを考えて
 好きなように生きるんだ」

治療のために日本へ帰って来たのに、それも叶わぬ帰国命令。
「思考停止」でしか生きられないソンホが悲しいです。
こんな不条理がいまだに解決されていない現実。
それでもソンホはリエに希望を託すのでした。
それはヤン監督自身の祈りの言葉でもありました。

最後、兄を連れ去ってゆく車に追いすがる
リエの姿に、ただただ、涙、涙。
もう二度と会えないかもしれない別れのシーンです。
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そして、ささやくように流れるイメージソング。
君は憶えているかしら あの白いブランコ・・・
いつまでも観る者の心を揺さぶるのでした。

離ればなれでも変らない家族を思う心と
価値観の違う社会に生きるもどかしさ・・・
安藤サクラと井浦新の抑えた演技も素晴らしかった。
手持ちのカメラワークや彩度を落とした色調など
ドキュメンタリーのような緊張感がありました。
低予算でもこんな芯の強い映画が作れるんだ・・・
第85回米アカデミー賞・外国語映画賞日本代表に決定!
おめでとうございます。

☆ ☆ ☆

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by ishikoro-b | 2012-09-16 01:09 | 映画 | Comments(2)