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石ころコロコロ

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<   2011年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧

港の見える丘公園

東北からの帰り、横浜で一泊。
新幹線の時間まで横浜・港の見える丘公園を散策しました。
映画のワンシーンのようなお家にウットリ。
OLYMPUS XAで撮りました。
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私は今夜から一週間、パソコンのない田舎で
お正月を過ごします。
ブログを始めて3ヶ月、
新しい出会いに感謝の気持ちでいっぱいです。
見て下さった方。
読んで下さった方。
リンクを貼って下さった方。
そしてコメントを下さった方。
本当にありかとうございました。
私たちの心が大きく揺らいだ今年。
来年こそは希望に満ちた明るい年となりますように。
素敵な新年をお迎え下さいね。

☆ ☆ ☆

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by ishikoro-b | 2011-12-29 14:30 | 秋の旅 | Comments(0)

東北紀行 被災地を訪ねて・陸前高田市

日本列島を人間の体に例えたら東北は「胸」でしょう。
東北には日本人の心の風景がたくさん残っていました。

東北の旅の最後の目的地は被災地、陸前高田市でした。
被災地をただ見に行くなんて本当に不謹慎極まりないこと。
それは十分に解かっているつもりでしたが、
ここまで来て、東北を襲った現実を見なければ
旅の意味がないと思ったのでした。
自然災害の少ない地方都市に住んでいて、
ましてや想像力に乏しい私は、被災した人々の痛みさえ
慌ただしい日々の中でいつの間にか忘れてしまいます。
その場に立って感じること。
それが「忘れない」ことでした。

陸前高田市に着いたのは夕暮れ間近でした。
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一瞬で街が、大切な家族や友人の命が消えてしまう・・・
そんなことが本当にあるのでしょうか。
認めざるをえない現実の景色が目の前にありました。
瓦礫のひとつひとつが人の暮らしと共にあったと思うと、
言葉もなく、ただ呆然と佇むだけ。
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暮れなずむ空と重い空気の中、
瓦礫の山を数台のショベルカーが忙しく行ったり来たり。
大自然の脅威から再び立ち上がろうする人間の営みの
なんて小さいこと。
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ここに生活の場があったのだということを
骨組みだけになった建築物が物語ります。
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高田松原の道の駅まで行ってみましたが、
奇跡の一本松を見つけることは出来ませんでした。
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復興への遠い道程・・・
雪の季節も復興を遅らせたりするのでしょう。
でも、でも、日本人の力を信じて、
賢治のように「みんなの本当の幸い」を
心から祈りたいと思いました。
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カメラを構えるのも憚られる思いでしたが
ブログで伝えなきゃ・・・って勇気を出しました。
不謹慎をどうぞお許し下さい。

震災の度に何もできない自分に歯痒さを感じます。
(ま、普段でも人の役に立つことなど殆どありませんが・・・)
私に出来ることは、
与えられた時間と環境を大切に、キチンと生ききること。
それがやがて復興に繋がることになるのかも・・・
そんなことを思いながら感慨深い東北の旅を
終えることができました。
長々とお付き合い下さいましてありがとうございます。

そしてSさん、
連れて行って下さって本当にありがとうございました。

☆ ☆ ☆

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by ishikoro-b | 2011-12-27 15:41 | 秋の旅 | Comments(0)

merry christmas!

聖なる光がすべてのいのちに「ほんとうの幸い」を
もたらしますように。
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楽しいクリスマスをお過ごし下さいね。


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by ishikoro-b | 2011-12-24 15:49 | 未分類 | Comments(2)

東北紀行 遠野・カッパの聖地を訪ねて

遠野物語の「遠野」もずっと前から訪ねてみたいところでした。
あまり時間はなかったのですが、ここまで来て
カッパに会わずには帰れません。
河童の伝承地、カッパ淵を訪ねました。
駐車場から歩いて数分ほどの所に常堅寺というお寺がありました。
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お寺の境内にあるお堂の前には、頭がお皿のように凹んでいる
「かっぱ狛犬」が鎮座して私たちを迎えてくれました。
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その昔、寺が火事に見舞われたときカッパが
消火の手助けをしたことから、
かっぱ狛犬として祀られ寺を守っているのだとか。
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境内を抜けて小川に架かる小さな河童淵橋を
渡ったところがカッパの聖地、カッパ淵でした。
もっと山深い場所を想像していましたが
田園風景の中の鎮守の森を流れる小川といった感じ。
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周辺の木々が葉を落としているせいか思っていたより明るくて
カッパがいる淵には見えないと思いながら近づくと、
カッパ釣りの仕掛けがあって、やっぱり何やらいそうな気配。
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遠野物語によると遠野のカッパの顔は赤いそうです。
遠野物語五八話から。
「小鳥瀬川の姥子渕の辺りに、新屋の家といふ家あり、
ある日渕へ馬を冷やしに行き、馬曳きの子は外へ遊びに
行きし間に、河童出でてその馬を引き込まんとし、
かへりて馬に引きずられて厩の前に来たり・・・・」
カッパは厩の馬槽に隠れていましたが、
家の人が馬槽が伏せてあるのを怪しんで、少しあけて見たら
カッパの手が出て来て、村人は集まって殺すか赦すかを評議。
二度と悪戯をしないという固い約束をさせて
カッパを放したのだというお話。
悪戯は困るけれど、どこか憎めないカッパのお話でした。

釣り糸の先にはカッパの大好物が。
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美男美女はカッパに引きずり込まれるそうです。私は安心。
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カッパのミイラのような木株が。
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カッパはお乳の神様でもあるそうです。
淵のほとりの小さな祠にはお乳の縫いぐるみが
奉納されていました。
祠の傍に陶製のカッパが座っていて足元のキュウリの
微笑ましいこと。
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あたりはこのような田園地帯。
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「見えない」は「存在しない」ではないのですね。
いつの間にか失われた能力や遠い昔に忘れてきてしまったもの。
昔の人には異界に存在するものが見えたり聴こえたり
していたのでしょう。
カッパ淵に佇みながらそんなことを考えました。
それはきっと、カッパに会えたってことなのかも知れません。
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by ishikoro-b | 2011-12-22 16:08 | 未分類 | Comments(0)

東北紀行 花巻・宮沢賢治記念館

宮沢賢治記念館は宝石箱のような記念館でした。
自筆原稿や大銀河系ドームや童話の幻灯などなど・・・
もっとずっと浸っていたい賢治ワールドがありました。
記念館で一番楽しみにしていたのが賢治愛用のチェロ。
妹トシのヴァイオリンと仲良く並んで展示してありました。
初めて「セロ弾きのゴーシュ」を読んたのは遠い昔。
セロ弾きに憧れたのも
チェロの曲が好きになったのも
「セロ弾きのゴーシュ」がきっかけでした。
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小高い丘の斜面を見下ろすと木々の間に。
賢治が設計した南斜花壇が見えました。
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注文の多い料理店「山猫軒」はお土産屋さんでした。
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賢治記念館の坂道を下りたところに、こけしの工房がありました。
積まれているのはこけし用の材木。
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賢治ワールドに別れを告げて遠野へ向かう途中、
「銀河鉄道の夜」のモデルになったJR釜石線の
通称「めがね橋」を発見。
賢治が見送ってくれているかのようで感動でした。
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by ishikoro-b | 2011-12-20 15:45 | 秋の旅 | Comments(2)

東北紀行 花巻・賢治の産湯の井戸とお墓

賢治の母イチの実家に賢治の産湯の井戸が残されていました。
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賢治が生まれたのは1896年8月27日。
東北地方を大きな自然災害が襲った時期でした。
賢治が生まれる2ヶ月前には三陸大津波が三陸海岸を襲い、
生後5日目には陸羽大地震が起きて大災害をもたらしました。
母イチは生まれたばかりの賢治をかばうように
上体をおおい、念仏を唱えていたそうです。
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身照寺の静かな境内の裏に、賢治が眠っていました。
何も刻まれていないシンプルな賢治のお墓に合掌。
卒塔婆の戒名の中に「賢」の文字がありました。
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妹トシと同じ胸の病に倒れ、37歳で亡くなるまで
深い悲しみや苦しみを背負った人々のために
「ほんとうの幸い」を願い、書き行動した賢治。
賢治が生きていたら3.11以降の日本をどうみるのでしょう。
世の中がどんなに変っても、
賢治の根源的で普遍的な作品は、
ずっとこれからも希望の光を放つのだと
改めて感じました。


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by ishikoro-b | 2011-12-16 16:53 | 秋の旅 | Comments(2)

東北紀行 花巻・羅須地人協会

羅須地人協会は花巻農業高等学校の敷地内、
松の林の陰にありました。
1926年、30歳の賢治は4年4ヶ月勤めた花巻農学校を退職、
農民と共に生きる決意をします。
宮沢家別宅だった花巻郊外の家で独居自炊の生活をはじめ、
私塾「羅須地人協会」を開きました。
「下ノ畑」の畑はどこ?・・・ないはずです。
賢治の死後、この建物は一度売却されたのだとか。
農学校の同窓会によって再び買い取られ、
ここ花巻農業高等学校の敷地内に移築復元されたのだそうです。
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建物の裏側に回ったら・・・見つけました。
黒板の「下ノ畑ニ居リマス 賢治」の文字。
文字が薄くなってきたら農業高校の生徒が
上からなぞるのだそうです。
賢治先生を慕う生徒たちの純粋な気持ちが
伝わってくるようでした。
賢治先生は留守。
入り口に「ご自由にお入り下さい」とあったので、
失礼して入れていただきました。
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室内は一階のみ公開されていて畳の部屋と板の間の教室の
二部屋ありました。
建物は窓を大きくとってあり明るくて開放的な印象。
でも実は、この建物は「羅須地人協会」の前には、
賢治の最高の理解者、妹トシの結核の療養に
使われていたのでした。
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「あめゆじゆとてちてけんじや」
妹が食べたいというあめゆきをとろうとして
曲がった鉄砲玉のようにみぞれの中に飛び出した賢治。
賢治の看病も虚しくトシは死んでしまいます。
最愛の人の死。
賢治は押し入れの中に頭を入れて号泣したといいます。
賢治の悲しみの深さが「永訣の朝」「無声慟哭」から
痛いほど伝わってきます。
そしてその悲しみは「銀河鉄道の夜」に結晶してゆくのでした。
「どこまでもどこまでも一緒に行こう」が泣けます。
叶わぬこととわかっているから、
一緒にいられる時間の尊さを思います。
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教室の間は「羅須地人協会」の名前からは
想像つかないほどの狭さでした。
「農民は芸術家でなければならない」と賢治は説きました。
農民の苦しい生活を明るいものにしようと夢みて、
人々を集めて農業や芸術の講義をしたり、
一緒に楽器の演奏やレコードを聴いていたそうです。
限りなくやさしい賢治の理想と農民たちの厳しい現実。
賢治の孤独な魂が、透き通った光と風の中で
せわしく明滅しているかのようでした。
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教室は賢治先生を中心に三毛猫や窯猫や狸が座っていそうな
童話の中のイメージでした。
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おなじみの賢治先生のシルエット。
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ほんとうの幸いを掴もうとしたやさしい手。
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by ishikoro-b | 2011-12-15 21:55 | 秋の旅 | Comments(0)

東北紀行 花巻・イギリス海岸

4年前にお星様になった私の相方は宮沢賢治の大ファンでした。
彼が読んだ賢治の本には赤い線が随所に引かれていて楽しいです。
貧乏絵描きだった彼は今から13年前の秋、
車でひとり、東北へスケッチ旅行に出かけました。
ある日「今、イギリス海岸にいる、気持ちいい朝だ」と
嬉しそうな声で電話をくれたことがありました。
数日後には賢治の記念切手が貼られた
イギリス海岸の絵葉書も届いて
「賢治ワールドをいろいろ訪ねたけれど、イギリス海岸ほど
ボクの心を揺さぶりませんでした」と書いてありました。

いつか彼が描いた東北をふたりで旅するのが夢でしたが、
それを待たず、ひとり銀河鉄道に乗って天国へ旅立ちました。
彼が見たイギリス海岸のことを想像して、
私はずっとイギリス海岸にあこがれていたのでした。

OLYMPUS XAで撮りました。
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花巻市郊外、猿ケ石川と北上川が合流するあたりの西岸を
賢治はイギリス海岸と呼んで愛し、
農学校の生徒を連れて度々ここを訪れていたそうです。
「なみはあをざめ 支流はそそぎ
たしかにここは 修羅のなぎさ」と賢治はうたいました。
何時間でも浸っていたい景色です。
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上流にダムが出来てから、賢治が見た泥岩層は
今はめったに見られないそうです。
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しばし賢治の生徒となってイギリス海岸に佇むと・・・
水底の胡桃の実の化石や、大きな青じろい獣の骨がキラリと光り、
時空を超えて、「銀河鉄道の夜」の「プリオシン海岸」へも
行くことができるのでした。
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賢治の宇宙に少し近づけたような、
会いたい人に会えたような、切なくも幸せなひと時でした。
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おまけの彼のスケッチです。
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by ishikoro-b | 2011-12-12 17:19 | 秋の旅 | Comments(4)

東北紀行 花巻・高村山荘を訪ねて

乳頭温泉の余韻を楽しみながら2時間ほどで花巻へ。
もうすぐ今夜の宿、花巻温泉というあたりで
「高村山荘」の看板を見つけてしまいました。
高村光太郎と言えば「智恵子抄」に胸を熱くした
青春の頃をなつかしく思い出します。
まさかこんな所で高村光太郎に会えるなんて・・・

駐車場から高村山荘への小径が花巻の第一歩となりました。
風は冷たいけれど賢治と光太郎を育んだ空、
あこがれの花巻です。
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高村山荘はまるで宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の一節
「野原ノ松ノ林ノ陰ノ小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ」の
小屋のようでした。
1945年、光太郎は東京のアトリエ兼自宅を空襲で失い、
賢治の縁で花巻の賢治の弟・清六の家に疎開します。
しかし、清六の家も戦災で消失したため、
このわずか畳三畳半ほどの粗末な小屋に移り住み、
農耕自炊の孤独な生活を始めるのでした。
光太郎62歳の時のことです。
この暮らしは7年にも及びました。
亡き智恵子の幻を追いながら、
多くの戦争協力詩を作ったことを自省する日々。
愛と美の結晶というべき詩の傑作はこの小屋で
生み出されたのです。

山荘は二度に渡って套屋が建てられ、二重に保護されていて、
村人たちの光太郎を敬慕する気持ちが伝わってきました。
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入り口に掲げられた草野心平の書「無得殿」
稼ぎがないものの住処という意味でしょうか。
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良寛を彷彿させるような、あまりに慎ましい光太郎の生活。
厳しいけれど、豊かな自然の祝福に感謝の気持ちを
忘れなかったことも、作品から伺い知ることができます。
展示された写真の中に、賢治の両親が山荘を訪問した時の、
微笑ましい3ショットの写真もありました。
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再現された日時計。壁に刻んだ時刻を糸影が伝う事で
時間を知ったのでしょう。
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小屋の東にある厠。
扉の明かり取りの「光」は光太郎自ら彫ったもの。
電気はもちろん小さな窓しかなかった小屋での彫像制作は
諦めざるをえなかったようです。
自身の名前でもあり「光」こそ全ての源。
「光」への思いが痛いほど伝わってきました。
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小屋の前の光太郎が耕した畑。
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この小屋で詠まれた詩「案内」の
光太郎の智恵子への愛が胸を打ちます。
智恵子の死から10年、光太郎66歳の時の詩です。

  「案内」

 三畳あれば寝られますね。
 これが小屋。
 これが井戸。
 山の水は山の空気のように美味。
 あの畑が三畝、
 今はキャベツの全盛です。
 ここの疎林がヤツカの並木で、
 小屋のまわりは栗と松。
 坂を登るとここが見晴らし、
 展望二十里南にひらけて
 左が北上山系、
 右が奥羽国境山脈、
 まん中の平野を北上川が縦に流れて、
 あの霞んでいる突き当りの辺が
 金華山沖ということでせう。
 智恵さん気に入りましたか、好きですか。
 後ろの山つづきが毒が森。
 そこにはカモシカも来るし熊も出ます。
 智恵さん こういうところ好きでせう。

泉の落葉は、智恵子のちぎり絵のようでした。
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高村山荘から、光太郎のゆかりの品々や作品が展示されている
高村記念館への道。
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途中にあった「雪白く積めり」の詩碑。
山小屋で最初に詠まれた詩。これもいい詩でした。
冬の詩人、高村光太郎なのですね。
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高村光太郎の詩といえば、教科書にあった「道程」と
「智恵子抄」の一部くらいしか記憶にありませんでした。
旅から帰って読み返してみたら、なんと哀しく美しい。
「レモン哀歌」は賢治の「永訣の朝」と同様、
涙なしには読めませんでした。
詩の意味がよく理解できなかった若い頃。
年を重ねた今だからこそ、新たな発見に胸がときめきます。

宮沢賢治の才能を認め、世に紹介した高村光太郎。
私たちの旅も、光太郎が賢治の世界へ
誘ってくれているような気がしました。
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東北紀行 乳頭温泉でホッコリ

田沢湖の辰子像に別れを告げた私たちは、
友人お勧め、乳頭温泉郷の秘湯・鶴の湯温泉を目指しました。
乳頭山麓の雪道をまだかまだかと走って
たどり着いた鶴の湯温泉は小さな集落のように見えました。
今にも降り出しそうな雲行きは景色をモノクロの世界に。
思い切ってモノクロモードで撮ってみました。
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乳頭温泉郷の中で最も歴史がある鶴の湯温泉はその昔
秋田藩主の湯治場だったとか。
かつて警護の者たちが詰めた茅葺き屋根の長屋「本陣」は
今は食事処や宿泊施設として、当時の佇まいのまま
残されていました。
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長屋の奥まったところに、旅番組などでおなじみの
露天風呂がありました。
写真の湯気が上がっているところです。
雪景色とちょっとブルーを感じさせるあこがれの白いお湯。
硫黄の匂いも「効くぅ」って感じ。
東屋の屋根から雪解け水がポタポタ。
足元の砂利の間から湧水がボコボコ。
景色も泉質も素晴らしい。
ホッコリいい気持ちに癒されました。
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「本陣」の向かいの長屋は宿泊施設でした。
鶴の湯温泉は予約をとるのがむずかしい人気の
温泉宿なのだそうです。
ちなみに私たちは日帰り入浴組でした。
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鶴の湯温泉のひなびた温泉風情は、
旅人の心をくすぐるものがありました。
次は宿泊を心に誓って、私たちは花巻に向ったのでした。
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