merry christmas!

聖なる光がすべてのいのちに「ほんとうの幸い」を
もたらしますように。
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楽しいクリスマスをお過ごし下さいね。


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# by ishikoro-b | 2011-12-24 15:49 | 日々是好日 | Comments(2)

東北紀行 遠野・カッパの聖地を訪ねて

遠野物語の「遠野」もずっと前から訪ねてみたいところでした。
あまり時間はなかったのですが、ここまで来て
カッパに会わずには帰れません。
河童の伝承地、カッパ淵を訪ねました。
駐車場から歩いて数分ほどの所に常堅寺というお寺がありました。
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お寺の境内にあるお堂の前には、頭がお皿のように凹んでいる
「かっぱ狛犬」が鎮座して私たちを迎えてくれました。
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その昔、寺が火事に見舞われたときカッパが
消火の手助けをしたことから、
かっぱ狛犬として祀られ寺を守っているのだとか。
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境内を抜けて小川に架かる小さな河童淵橋を
渡ったところがカッパの聖地、カッパ淵でした。
もっと山深い場所を想像していましたが
田園風景の中の鎮守の森を流れる小川といった感じ。
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周辺の木々が葉を落としているせいか思っていたより明るくて
カッパがいる淵には見えないと思いながら近づくと、
カッパ釣りの仕掛けがあって、やっぱり何やらいそうな気配。
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遠野物語によると遠野のカッパの顔は赤いそうです。
遠野物語五八話から。
「小鳥瀬川の姥子渕の辺りに、新屋の家といふ家あり、
ある日渕へ馬を冷やしに行き、馬曳きの子は外へ遊びに
行きし間に、河童出でてその馬を引き込まんとし、
かへりて馬に引きずられて厩の前に来たり・・・・」
カッパは厩の馬槽に隠れていましたが、
家の人が馬槽が伏せてあるのを怪しんで、少しあけて見たら
カッパの手が出て来て、村人は集まって殺すか赦すかを評議。
二度と悪戯をしないという固い約束をさせて
カッパを放したのだというお話。
悪戯は困るけれど、どこか憎めないカッパのお話でした。

釣り糸の先にはカッパの大好物が。
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美男美女はカッパに引きずり込まれるそうです。私は安心。
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カッパのミイラのような木株が。
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カッパはお乳の神様でもあるそうです。
淵のほとりの小さな祠にはお乳の縫いぐるみが
奉納されていました。
祠の傍に陶製のカッパが座っていて足元のキュウリの
微笑ましいこと。
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あたりはこのような田園地帯。
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「見えない」は「存在しない」ではないのですね。
いつの間にか失われた能力や遠い昔に忘れてきてしまったもの。
昔の人には異界に存在するものが見えたり聴こえたり
していたのでしょう。
カッパ淵に佇みながらそんなことを考えました。
それはきっと、カッパに会えたってことなのかも知れません。
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# by ishikoro-b | 2011-12-22 16:08 | 秋の旅 | Comments(0)

東北紀行 花巻・宮沢賢治記念館

宮沢賢治記念館は宝石箱のような記念館でした。
自筆原稿や大銀河系ドームや童話の幻灯などなど・・・
もっとずっと浸っていたい賢治ワールドがありました。
記念館で一番楽しみにしていたのが賢治愛用のチェロ。
妹トシのヴァイオリンと仲良く並んで展示してありました。
初めて「セロ弾きのゴーシュ」を読んたのは遠い昔。
セロ弾きに憧れたのも
チェロの曲が好きになったのも
「セロ弾きのゴーシュ」がきっかけでした。
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小高い丘の斜面を見下ろすと木々の間に。
賢治が設計した南斜花壇が見えました。
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注文の多い料理店「山猫軒」はお土産屋さんでした。
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賢治記念館の坂道を下りたところに、こけしの工房がありました。
積まれているのはこけし用の材木。
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賢治ワールドに別れを告げて遠野へ向かう途中、
「銀河鉄道の夜」のモデルになったJR釜石線の
通称「めがね橋」を発見。
賢治が見送ってくれているかのようで感動でした。
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# by ishikoro-b | 2011-12-20 15:45 | 秋の旅 | Comments(2)

東北紀行 花巻・賢治の産湯の井戸とお墓

賢治の母イチの実家に賢治の産湯の井戸が残されていました。
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賢治が生まれたのは1896年8月27日。
東北地方を大きな自然災害が襲った時期でした。
賢治が生まれる2ヶ月前には三陸大津波が三陸海岸を襲い、
生後5日目には陸羽大地震が起きて大災害をもたらしました。
母イチは生まれたばかりの賢治をかばうように
上体をおおい、念仏を唱えていたそうです。
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身照寺の静かな境内の裏に、賢治が眠っていました。
何も刻まれていないシンプルな賢治のお墓に合掌。
卒塔婆の戒名の中に「賢」の文字がありました。
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妹トシと同じ胸の病に倒れ、37歳で亡くなるまで
深い悲しみや苦しみを背負った人々のために
「ほんとうの幸い」を願い、書き行動した賢治。
賢治が生きていたら3.11以降の日本をどうみるのでしょう。
世の中がどんなに変っても、
賢治の根源的で普遍的な作品は、
ずっとこれからも希望の光を放つのだと
改めて感じました。


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# by ishikoro-b | 2011-12-16 16:53 | 秋の旅 | Comments(2)

東北紀行 花巻・羅須地人協会

羅須地人協会は花巻農業高等学校の敷地内、
松の林の陰にありました。
1926年、30歳の賢治は4年4ヶ月勤めた花巻農学校を退職、
農民と共に生きる決意をします。
宮沢家別宅だった花巻郊外の家で独居自炊の生活をはじめ、
私塾「羅須地人協会」を開きました。
「下ノ畑」の畑はどこ?・・・ないはずです。
賢治の死後、この建物は一度売却されたのだとか。
農学校の同窓会によって再び買い取られ、
ここ花巻農業高等学校の敷地内に移築復元されたのだそうです。
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建物の裏側に回ったら・・・見つけました。
黒板の「下ノ畑ニ居リマス 賢治」の文字。
文字が薄くなってきたら農業高校の生徒が
上からなぞるのだそうです。
賢治先生を慕う生徒たちの純粋な気持ちが
伝わってくるようでした。
賢治先生は留守。
入り口に「ご自由にお入り下さい」とあったので、
失礼して入れていただきました。
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室内は一階のみ公開されていて畳の部屋と板の間の教室の
二部屋ありました。
建物は窓を大きくとってあり明るくて開放的な印象。
でも実は、この建物は「羅須地人協会」の前には、
賢治の最高の理解者、妹トシの結核の療養に
使われていたのでした。
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「あめゆじゆとてちてけんじや」
妹が食べたいというあめゆきをとろうとして
曲がった鉄砲玉のようにみぞれの中に飛び出した賢治。
賢治の看病も虚しくトシは死んでしまいます。
最愛の人の死。
賢治は押し入れの中に頭を入れて号泣したといいます。
賢治の悲しみの深さが「永訣の朝」「無声慟哭」から
痛いほど伝わってきます。
そしてその悲しみは「銀河鉄道の夜」に結晶してゆくのでした。
「どこまでもどこまでも一緒に行こう」が泣けます。
叶わぬこととわかっているから、
一緒にいられる時間の尊さを思います。
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教室の間は「羅須地人協会」の名前からは
想像つかないほどの狭さでした。
「農民は芸術家でなければならない」と賢治は説きました。
農民の苦しい生活を明るいものにしようと夢みて、
人々を集めて農業や芸術の講義をしたり、
一緒に楽器の演奏やレコードを聴いていたそうです。
限りなくやさしい賢治の理想と農民たちの厳しい現実。
賢治の孤独な魂が、透き通った光と風の中で
せわしく明滅しているかのようでした。
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教室は賢治先生を中心に三毛猫や窯猫や狸が座っていそうな
童話の中のイメージでした。
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おなじみの賢治先生のシルエット。
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ほんとうの幸いを掴もうとしたやさしい手。
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